『 鉄腕アトム 』 

明けましておめでとうございます。巳年は、ヘビが復活と再生を象徴するために、新しいことの始まる年と言われます。ぜひ新たな出会いに、胸ときめく一年でありたいものです。 

 ラララ 空を越えて ラララ 星の彼方・・・皆さん、この歌を聴いたことがありますか。そう鉄腕アトムの主題歌です。アトムを知らなくても原作者である手塚治虫の名前は、一度くらい聞いたことがあるでしょう。彼の創造力は今から見ても、時代をはるかに越えています。そのアトム活躍の場が21世紀の日本でした。しかし我々はまだ、手塚の想像する21世紀に追い付いていません。確かに様々なロボットは開発され、実用化もされています。が、アトムのように意識や良心を持ち、自律するロボットは未だ実現していません。 

 昨年の暮れ、ヤフーでこんなニュースを目にしました。ロボットがロボットを誘拐したというのです。実は中国上海のロボット展示場の1台が、他のロボットを誘って外へ出て行こうとしたのです。誘った1台には、あらかじめ指示が出ていました。しかしいったん事が始まるとロボットとロボットが話し合い、皆で出て行こうとしたのです。結局扉が閉まっていたので外へは行けなかったのですが、およそ10台が行動を共にしました。ロボットに搭載されたAIとAIが、自主的に会話していたのです(シリー同士が会話?する動画を見たことはありませんか)。だいぶアトムの世界に近づいてきましたが、SNS上ではAIの性能に驚きの声が上がるとともに、危険だという声も聞かれました。アイザック・アシモフのSF小説に、有名なロボット三原則があります。①人間への安全性②命令への服従③自己防衛を定義したものです。今回の場合はこの原則内に収まりそうですが、すでにこれと反する軍事ロボットは、実用化されつつあります。 

 危険だという意見は、AIが自ら判断し行動した事(自律行動)が理由だと考えられます。しかし本当に重要なのは、AIに人間のような意識があったのかです。意識とは一般的に、自分の今ある状態や周囲の状況を認識する状態を言います。今回は人間が誘うよう指示していたので、意識があったとは言えないでしょう。しかし現状を見れば、AIが意識を持つ事は可能だと言われています。皮肉な結末に終わったのですが、アトムの作中にロボットの母親に育てられた人間の話がありました。今後ますます高齢化する日本において、ロボットがあらゆる産業分野だけではなく、子育て介護などにたずさわる日は必ず来ます。その時私たちは、彼らとどんな関係を築くのでしょうか。そしてもし意識を持つロボットと共生する時には、彼らに人間と同じような権利を認めるべきなのか、今はまだピンとこないかもしれませんが、その答えを必要とする未来はそう遠くないようにも思います。 

 巳年の年頭に際し、ロボットと生きる新時代を考えてみました。それではみな様、本年も宜しくお願いいたします。                    早川友教 

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