『 平成19年4月号 』

これから時々、以前に書いた園だよりも『 ボチボチいこか 』に掲載していきたいと思います(たまに前の記事も読んでみたいとの話もあるので)。時代背景は違うので、内容が合わない事もありますがご了承ください。手始めに、平成19年の4月号です。

『 三つ子の魂百まで 』

入園・進級おめでとうございます。今年度は新しい顔ぶれがそろい新鮮な風を送り込みながら、今まで以上に楽しいアソカを目指していきたいと思います。ご迷惑をかけることもあるかもしれませんが、どうぞ宜しくお願いいたします。

 新学期を迎えるにあたり全職員で研修をします。その時大人と子どもでは、時間の感覚が違うのではないかという話が出ました。皆さんは子どもの頃時間の経過が遅く感じませんでしたか。時間は相対的なものなので、大人であっても子どもであっても、状況によってその感じ方は当然違うでしょう。しかし今ではアッという間の1時間でも、少学生の頃は長いなと感じた記憶があります。こんな説があります。例えば1年という時間の長さを比較した時、5歳の子どもにとっての一年は、生きてきた人生の5分の1にあたります。50歳の大人にとっては50分の1です。ここから50分の1÷5分の1=10になります。同じ一年であっても両者の間には、10倍のへだたりがあると言うのです。つまり5歳は50歳の10倍ゆっくり時間が進み、50歳は5歳の10倍早く時間が進むということです。これから考えると子どもというのは大人に較べて、より濃密な時間の中で生きていると言えるかもしれません。

昔から伝わることわざに『 三つ子の魂百まで 』があります。今風に言えば、乳児期の体験や学習はその子どもの一生を左右すると言うことです。このことわざもこんな時間の性質に由来しているのかもしれません。おそらく人間にとり人生で一番長い1日は、生まれたての赤ちゃんの一日目ではないでしょうか。いずれにせよこんな日々の中で、親や保育者は子どもとかかわっているのです。改めて身の引き締まる思いにかられます。

この時期は別れと出会いの重なる正に人生を象徴している季節でもあります。新たな人への不安や別れた人への思いが交錯し、不安や悔恨が湧き出ては消え湧き出ては消えしているのだと思います。大人は常にくよくよと気を病む生き物です。過去においては、あの時こうだったら良かったのに、未来においてはああなったら良いのにと。しかしいくら悔やんでも過去は変えられないし、未来が自分の思うようになるわけでもありません。その点子どもは違います。くよくよせず常に前向きに生きる存在なのです。子どもは体力的には弱い存在かもしれませんが、気持ちにおいては大人の考えているほど軟弱な存在ではありません。もし軟弱だと言うなら、それは大人がそうさせているのです。子どもは濃密な時間の中に住んでいるので時間を無駄には出来ない、だから前向きに生きるのかもしれません。我々大人の出来る事は、意識的に決断し意欲を持って生きようとすることだけだと思います。少し悔やむ事をひかえ、子どもの様に前向きにいきたいと思います。

最後に、子どもが泣いてもわめいても叱咤激励しないで下さい。そしてあわてずあせらずぼちぼちやって下さい。                                早川

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